Stay hungry,stay foolish.
後悔をするのが中毒だそうです。例えば、酒呑んで次の日後悔してるならアル中の危険があります。毎日酒を呑んでも次の日「ああ、楽しかった!」と思えてたら中毒ではないそうです。甘いもの食べて後悔するならそれはもう中毒です。DVも暴力振るった後に後悔するそうです。後悔と依存は深い関係。
芸術っぽいのものにおいて共感は重要じゃない
芸術っぽいものに触れる時には、共感だとか猛烈にどうでもよくて、僕を置いてすごい遠くに行って欲しいわけですよ。
そうじゃなくっちゃ人が作った創作物を見る価値なんかないけど、そういうものはすごく少ない。
最近、置いていかれた感を得てない、寂しい。
やりたいことに優先順序をつけて、努力しなくてもいいから覚悟を決めるの。
それだけで大抵のことは出来るわ

ただ、流石にアメブロが凄い点がある。

馬鹿を対象として成長している

という点だ。

テレビ局の主力は「女性」と「主婦」をメインターゲットとしている。

それは、購買力が強いのが原因であるが、それと表裏して情報操作が容易である「お馬鹿市場」である点。

このターゲット層を開拓してこそ、ネットビジネスの本流と言える。

この点、他のブログサービスは大きく舵取りを間違った。

はてなブログ=インテリ層&オタク

ライブドアブログ=リテラシーが高い「だけ」

ムーバブルタイプ=企業用「だけ」

となり、お馬鹿市場の開拓に全く手をつけなかった。

そこに登場したのがアメブロ。

アメブロ=女性に圧倒的な支持と芸能人の獲得

という金字塔を創り上げた。

この方向性が正しく、ブログ業界でNO1の広告代を演出できるようなる。

水増しPV数も、このお馬鹿を「煽りたてる」良い演出であり、華麗なる詐欺なのだ。

すごいと言われたい症候群も、がっかりされたくない症候群も、バカにされたくない症候群も、つまり他人にコントロールされている。
ローカルで誰にも見せずに書いている日記にさえフィクションの欲望はしのびこむのでくれぐれも気をつけないといけない。気をつけたってたぶん無駄だけど。私たちはおそらく日常のできごとを物語によってしか記憶することができない。
どんなに善良な生き方をしていても、どうしようもなくつらいことは絶対に起こるじゃないですか。「そういうつらいことがあったからこそ、喜びがより深くなる」みたいな言い方もできますけど、なんかそれすごい癪(しゃく)なんですよね。つらいことがあったから楽しいことがより楽しい、っていうことをあんまり受け容れたくない。つらいことなんかないほうがいいと思うし、それを生きてることで「仕方ないから受け容れろよ」って言われてるような気がして、理不尽だなって思ったり。「なんでこんな目に遭わなきゃいけないんだ!」みたいな気持ちって、どこにもぶつけようがないじゃないですか。
「好き」は理性ではなくエモーショナルな部分に依存する。だからたいていの場合、本当に「好きなこと」「好きなモノ」「好きな人」に関して、わたしたちは他人に説明できない。なぜ好きなの?どう好きなの?と聞かれても、うまく答えられないのだ。「好き」が脳の深部から涌いてくるもので、その説明を担当するのは理性なので、そこに本来的なギャップが生まれるからだが、逆に他人にわかりやすく説明できるような「好き」は、案外どうでもいい場合が多い。
モチベーションは車のバッテリーと一緒で何もしなくても減っていくので定期的に充電しないとならない、でも走ってる と自動で充電される
引用β
神と悪魔が聖書内で殺した人間の数

悪魔→10人
神→2,038,344人

数人殺せば悪魔、数百万人殺せば神となる